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救国の英雄が眠る寺院:ワット インターラーム

タイ王室3級寺院「ワット インターラーム」にはタイの救国の英雄タクシン王の遺骨が祀られています。

地図

ワット インターラームはBTSポー二ミット駅から徒歩10分です。

タクシン王とワットインターラーム


1767年11月、アユタヤをビルマ軍から奪回し、バンコクの対岸にトンブリ王朝を建てたタクシン王は内乱状態のタイ国内を平定し、カンボジア、ラオスなどのアユタヤ王国の旧領を取り戻し再びタイに平和が訪れました。

しかし、アユタヤ王朝の血族ではないことをコンプレックスにもつタクシン王は次第に心を病んでしまい、自身の礼拝を断った僧侶をむち打ちの刑にするなど民心が離れてしまい各地で反乱が起き再びタイで混乱が起きてしまいました。


その混乱を収めるため、タイ各地の反乱鎮圧やカンボジア、ラオス旧領回復などで活躍し民衆の支持があったチャックリー卿(のちのラーマ1世)はやむなくタクシン王の処刑を命じました。


そして1882年4月6日に処刑をされたタクシン王の亡骸は「ワットインターラーム」に葬られました。

ワットインターラームの歴史


「ワット インターラーム」はアユタヤ王朝の時代に建てられており、当時はワット バンイールアンノックとよばれていました。

仏教の信仰の深かったタクシン王はこの寺院にて重要な王室の儀式を行いました。

その後、19世紀のラーマ3世の治世に寺院は改修されお寺の名称もラーマ3世により「ワットインターラーム」とされました。

本堂の後ろには三つの仏塔があり、ガルーダが支える彫刻がされています。

仏塔の脇には小さなお堂があり仏像が祀られています。

小さな仏像の横にある帽子をかぶったタクシン王が祀られています。

仏陀が亡くなったとき、遠方から3人の弟子が駆け付けました。


そんな遠方から弔いに来てくれた弟子たちに仏陀は棺桶から足を出して最後のお別れを告げました。

今は仏像も壁の絵も古くなってしまいましたが、このお寺ができたころは煌びやかだったのでしょう。

「ワット インターラーム」の近くにタクシン王を祀る神社があり、平日にもかかわらず多くの人が参拝に訪れていました。

そして、参拝に訪れた人たちはタクシン王の馬上像へお供えをしています。

悲劇的な最後を遂げてしまったタクシン王ですが、タイ人にとって救国の英雄であることはかわりなく、その偉業への感謝と尊敬は今でも続いています。

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