エメラルド寺院はタイ語でワットプラケオ(วัดพระแก้ว)とよばれるタイ3大寺院の一つでタイで最も神聖な寺院で王宮が併設されています。
エメラルド寺院の建設は1783年にチャクリー王朝の最初の王であるラーマ1世の治世に始まりました。
それ以来、歴代の王は宗教上の功績を残し、王朝を称賛する方法として、統治中にエメラルド寺院を増築、改修、装飾を行ってきました。
現在でもエメラルド寺院では王室による戴冠式、王室の叙階、主要な儀式の他、王と王室によってチャクリ記念日、王立耕作式、王の誕生日、ソンクラン(タイの伝統的な新年)などの仏教の宗教儀式が行われ、政府関係者が出席します。
また年に3回、季節の移り変わりには王室の儀式で、国王の手によりエメラルド仏の金の衣服が交換されます。
これらの儀式のない日にはエメラルド寺院は王宮エリアと一緒に開放され多くの観光客でにぎわっています。
地図
地下鉄サナームチャイ駅から車で8分
拝観時間:朝8時30分から午後3時半まで
拝観料:500バーツ
(拝観料や拝観時間の変更があります)
ドレスコードがありますのでご注意ください。
タイ人の聖地 エメラルド寺院
エメラルド寺院の建設は1783年に始まりました。
寺院には「神の教師の修道院の美しい宝石が入っている寺院」を意味するワットプラシラタナサツァダラムという名前が付けられました。
本堂は寺院内で最も古い建造物の1つです。
境内には大きな鬼の「ヤック」があります。
日本では「夜叉」とよばれて恐れられていますが、タイでは「ヤック」は守護神とされ王室を魔物から守っています。
この黄金色に輝く仏塔には仏舎利が収められているとされています。
本堂の入り口です。
本堂のエメラルド仏が収められいますが、室内は撮影禁止となっています。
また、タイの習慣では足の裏は不浄とされていますので、仏像に足を向けないでください!
エメラルド寺院ができる以前、エメラルド仏は対岸のワット アルンに安置されていましたが、1784年6月22日にエメラルド寺院へ移す儀式が行われました。
1831年にラーマ3世は本堂の大規模な外観の改修を命じました。
本堂の窓からエメラルド仏が見えます。
近くの守衛さんに確認をすると撮影OKとのこと!
エメラルド仏とは
このエメラルド仏はエメラルドではなく翡翠でできており、高さは約66センチです。
元々、エメラルド仏は古代インドのマダカ王国のパータプリトラ(現パトナ)のお寺に安置されていましたが、内戦のためにスリランカに移されました。
その後、エメラルド仏はカンボジアのクメール王朝、アユタヤ王朝、ラオスのラーンサーン王朝、タクシン王のトンブリ王朝と持ち主が変わり、ラーマ1世がチャックリー王朝を開くとエメラルド仏はこの寺院に安置され、現在に至っています。
本堂の横にPrasato Phra Thep Bidonという荘厳なお堂があります。
このお堂はラーマ4世がエメラルド仏を安置するために1855年に建設が始まりました。
しかし、お堂が完成する前に1882年にラーマ4世が亡くなってしまい、エメラルド仏をお堂に移す計画は実行されませんでした。
1903年に火災が原因でお堂が焼失してしまい、現在のお堂はラーマ6世の治世中に完成したものです。
この境内の庭にはブロンズ製で金箔を施した神話の人物が飾られています。
境内には鐘楼があります。
この鐘楼はラーマー1世によって作られ、後にラーマ4世がバンコク遷都100周年のために修復され1882年に完成しました。
エメラルド寺院は王宮が併設されて歴代の王はここで住まわれ政務をとりました。
ラーマ5世の治世(在位1868年ー1910年)に新しい王宮が建てられこちらの宮殿に住んでいました。
その後1900年にウィマーンメーク宮殿が完成するとそちらへ移り住みました。
現在、この宮殿には国王は住んでおらず、公務もここでは行われていませんが、戴冠式、王族の葬儀、国王誕生日の謁見の儀などの重要式典はこの宮殿で行われています。
宮殿内にはタイ伝統の衣装を着た衛兵がいますが撮影禁止です。
タイ人にとってエメラルド寺院は神聖な場所であり遠方から多くの人が参拝に訪れています。
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