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舞踊に秀でた側室が修復したお寺:ワット ボロムニワート
セーンセーブ運河沿いに建つ「ワット ボロムニワート」は即位前のラーマ4世や舞踊に秀でたラーマ5世の側室により修復されたお寺です。 地図 セーンセーブ運河ボーベー運河からバイクタクシーで7分 拝観時間:朝5時から夜8時まで ワット ボロムニワートの歴史 ワット ボロムニワートはかつて「ワット・ボロム・スク」として近隣の村人たちによって建てられ、タイ王室に寄進されました。 その後、1834年に当時王子であったラーマ4世が「ワット・ボロム・スク」を王室寺院にふさわしいものにするため、即位する1851年まで修復工事を行い、お寺は「ワット ボロムニワート」と改名されました。 また、ラーマ5世(在位1868年ー1910年)の治世には19番目の側室であったチャオ・チョム・マンダ・トゥプティムとその子息により大規模な修復が行われました。 舞踊に秀でた側室 1857年12月9日に王族の娘として生まれたチャオ・チョム・マンダ・トゥプティムは6歳の頃から王族で演劇の達人タオ・ウォラカナンから演劇と舞踊を習いました。 この頃、王宮内では伝統舞踊の担い手が少ないことをに頭

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4 日前読了時間: 2分


チャオプラヤー河の雄大な景色を眺める遊歩道:ワット マハーウォン
サムットプラカーンにあるお寺「ワット マハーウォン」はチャオプラヤー河沿いに建てらており、その遊歩道からチャオプラヤー河の雄大な景色を眺めることができます。 地図 BTSパークナーム駅から徒歩4分 拝観時間:朝6時から夜8時まで (時間変更があります) 境内の様子 「ワット マハーウォン」は1875年にモン族により建てられたお寺です。 本堂から涼し気な風鈴の音が響き 境内にはタイの座敷わらし「アイカイ」が祀られており 「ワット マハーウォン」の近くに「タイ王立海軍兵学校」があることからタイ海軍創設に貢献したチュムポーンケートウドムサック親王の肖像画が祀られており 本堂が閉まっているのでこちらの仏像にお参りをしました。 チャオプラヤー河のきれいな景色を眺める遊歩道 「ワット マハーウォン」の裏手に行くと遊歩道があり 雄大な流れのチャオプラヤー河の光景が広がり カメラを4倍ズームにすると、サムットプラカーンのシンボルの「ワット プラサムット チェディー」の白い仏塔が見えます。 このパークナームはチャオプラヤー河の河口に位置しますので、このような船舶が

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7月28日読了時間: 2分


アユタヤ王国34代王ゆかりのお寺:ワット ハントラー
古都アユタヤにある「ワット ハントラー」はアユタヤ王国34代ボーロマコート王とゆかりのあるお寺です。 地図 ボーロマコート王とゆかりのあるお寺 農業国であるタイでは、アユタヤ王国の時代から米が主要な輸出品であり、当時は大量の米が中国に輸出されていました。 そのため、アユタヤ王国では「ワット ハントラー」で国王自ら脱穀し米の収穫を祝う儀式が行われていました。 この日、アユタヤ王国の第32代スリエーンタラーティボーディー王は、脱穀の儀式を行うために妊娠中の王妃を伴い「ワット ハントラー」を訪れました。 その儀式の最中に王妃が産気づき、生まれたのが後にアユタヤ王国34代となるボーロマコート王です。 そのようなことがあり王位の即位後にボーロマコート王は自身の誕生が由来した「ワット ハントラー」に大規模な修復を行いました。 アユタヤ王国34代ボーロマコート王 ボーロマコートは兄であるアユタヤ王国33代プーミンタラーチャー王(在位1709年ー1733年)の副王として政務で兄を支えていました。 ボーロマコート王 しかし、病床に伏せたプーミンタラーチャー王が王位

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7月17日読了時間: 2分


王宮に輿入れした娘が建てたお寺:ワット プラヤー ティカーラーム
古都アユタヤにある「ワット プラヤー ティカーラーム」はアユタヤ王国時代に建てられたお寺で、王宮に輿入れした娘や高僧を輩出したことから多くの参拝客が訪れています。 地図 王宮に輿入れした娘が建てたお寺 その昔、今のお寺がある辺りの村に肌の白い美しい少女が住んでいました。 その美しい少女の評判は王宮でも広まり、その噂を聞いた国王が村に訪れ、村人にその少女を養育したい申し出ました。 その後、王宮で養育された少女は美しい娘に成長し、国王の側室として迎えられました。 そして国王の側室となった娘は、生まれた村を訪れるときに親戚一同と待ち合わせる場所としてお寺を建てることを国王に願い出ました。 国王は側室の願いを聞き入れ、側室が親戚一同との待ち合わせとしてお寺「ワット・ミート・レラティブズ」を建て、その後にお寺の名前は「ワット プラヤー ティカーラーム」という名前に改められました。 境内の様子 また「ワット プラヤー ティカーラーム」は、有名な高僧を輩出したことから、境内の裏手には立派な本堂があり 本堂には高僧が祀られており 高僧の像の後ろにはご本尊が祀られ

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7月15日読了時間: 2分


600年の歴史を持つ涅槃仏:ワット プラ ノーン
古都アユタヤの多くの遺跡には古い涅槃仏が祀られていることが多く、ここ「ワット プラ ノーン」には約600年前につくられた涅槃仏が祀られていることから多くの人がお参りに訪れています。 地図 600年の歴史をもつ涅槃仏 「ワット プラ ノーン」はアユタヤ王国中期の1400年代に建てられたとされています。 そして本堂には長さ12mの涅槃仏が祀られていましたが、1767年にビルマ軍の戦に敗れアユタヤ王国は滅亡し「ワット プラ ノーン」も廃墟となりました。 その後、タイ美術局と地元の住人の協力により涅槃仏の修復が行われました。 「ワット プラ ノーン」は大きな本堂や仏塔などはありませんが、多くの人がお参りに訪れていました。 タイのお寺ではこのような布を置いてあることが多いです。 これは女性がタンクトップのような露出の多い服を着ている場合に肩から羽織ったり、半ズボンなどの場合に腰に巻いてお参りをするためです。 このようなひっそりとした場所に祀られている涅槃仏にも参拝するタイの人々の仏教に対する深い信仰心を感じました。

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7月11日読了時間: 1分


そびえ立つ高さ72メートルの仏塔:ワット ヤイチャイモンコン
古都アユタヤにある、高さ72mの仏塔の「ワット ヤイチャイモンコン」は14世紀からの長い歴史を持ち、アユタヤ王国の初代ウートン王やアユタヤ王国を復活させたナレスワン王に関連していることで知られる有名な古代寺院です。 地図 拝観時間:朝8時から夕方5時まで 入場料:タイ人無料 外国人40バーツ ウートン王によるお寺の建設 スコータイ王国時代にタイ中部スパンブリーの領主であったウートンは、コレラの流行を受けて1351年にアユタヤにて王国を築き、初代アユタヤ国王に即位しました。 王位に就いたウートン王は国内を治めるため、仏教の布教を行いました。 そして、ウートン王はタイ仏教の本場スリランカから帰国した僧侶のためのこのお寺が建て、当初は「ワットパケーオ」とよばれていました。 クーデターの密議が行われる アユタヤ王国14代チャイヤラー王を暗殺した王妃シースダーチャンは密通したいた小姓ブンシーを1548年にアユタヤ王国17代ウォーラウォンサーティラート王として即位させ権力を握りました。 しかし、シースダーチャンのやり方に不満を抱いていた王族のチャクラパットと

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7月9日読了時間: 3分


大きな菩提寺の彫刻が施された本堂:ワット・ウィセートカーン
バンコクにあるお寺「ワット・ウィセートカーン」の本堂の裏手に目を引く金色の菩提樹の彫刻が施されていることで知られたお寺です。 地図 拝観時間:朝5時から夕方5時まで (時間変更があります) 大きな菩提寺の彫刻が施された本堂 「ワット・ウィセートカーン」はラーマ3世(在位1824年ー1851年)の治世の1850年頃に官僚のラク氏により建てられました。 そのため建設当初はお寺は建設者の名前に因んで「ワット・テン・サウザンド・ラク」とよばれていました。 その後ラーマ4世(在位1851年ー1868年)により「ワット・ウィセートカーン」と命名されました。 残念ながら本堂が閉まっていたためにお参りをすることができませんでした。 しかし、このような大きな菩提樹の彫刻が施された本堂を見ていると、官僚でありながらお寺を建てたラク氏の仏教への信仰の深さを感じることができます。

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7月3日読了時間: 1分


チャチューンサオのベトナム寺院:ワット ウパイ パーティ カーラーム
チューンサオにあるお寺「ワット ウパイ パーティ カーラーム」は元々、中国寺院として建てられましたが、現在はベトナム寺院として改修され両国の信仰に基づく観音や羅漢などが祀られています。 地図 拝観時間:朝8時から夕方6時まで (時間変更があります) 富豪の父子により建てられたお寺 昔、チャチューンサオに住んでいた富豪ロン・ジュー・ヒーと息子のロン・ジュー・デーンがアユタヤにあるお寺「ワット パナンチューン」にて中国人に商売繁盛の縁起が良いと信じられてる仏像を拝みました。 ワット パナンチューン/アユタヤ そしてチャチューンサオに戻った父子は深い信仰心からお寺の建設のための土地を寄進します。 こうして1906年にお寺の建設が始まりました。 同年、ラーマ5世(在位1868年―1910年)が鉄道開通の記念行事のためにチャチューンサオを訪れました。 そして、チャチューンサオ滞在中のラーマ5世が建設中の寺を訪れ、建設費用の一部を下賜し、その寺院に「ワット ウパイ パーティ カーラーム」という名前を与えました。 また、後に息子のロン・ジュー・デーンは商業財務

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6月27日読了時間: 1分


龍のお腹のお寺:ワット チーン プラチャー サモーソーン
チャチューンサオにある別名レン・ホック・イーとよばれ、「幸運のヴァッサナ(功績)」の意味をもつ中華寺院「ワット チーン プラチャー サモーソーン」には多くの参拝客が訪れています。 地図 拝観時間:朝8時から夕方5時まで 龍のお腹の寺 「ワット チーン プラチャー サモーソーン」は別名で龍のお腹と呼ばれています。 これは中国の風水の思想でバンコクから約250㎞離れた東部チャチャンタブリーまで龍に守られているとされ、バンコクにあるお寺「ワットマンコン」が龍の頭となり そしてバンコクから約150㎞離れたチャチューンサオのこの「ワット チーン プラチャー サモーソーン」がお腹になり、タイ東部チャンタブリーの「ワット・モンコン・ブッパラーム」が尻尾となり、それぞれの龍の体の部分を意味する三つの中国寺院があります。 ワット チーン プラチャー サモーソーンの成り立ち タイは昔から中国との貿易が盛んだったため、多くの華僑が住んでおり、タイ国内には多くの中国寺院があります。 1906年にチャチューンサオに鉄道が開通し、その祝賀記念式にラーマ5世が訪れました。..

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6月25日読了時間: 2分


タイの銀幕のスターが葬られた寺:ワット スントン タンマターン
バンコクにあるお寺「ワット スントン タンマターン」は1960年代にタイのスクリーンで大活躍した名優ミット・チャイバンチャが葬られたことで知られたお寺です。 地図 セーンセーブ運河 パンファリーランド埠頭から徒歩10分 拝観時間:朝6時から夕方6時まで (時間変更があります) ワット スントン タンマターンの由来 「ワット スントン タンマターン」は元々この地域に住んでいたタイ南部の人々のアクセントからワット・サナム・クラブエとも呼ばれていました。 その後、王位を継承するまでの27年間僧籍にあり、仏教に深い知識を持つラーマ4世(在位1851年ー1868年)によりお寺は「ワット スントン タンマターン」と改名されました。 銀幕の名優ミット・チャイバンチャ 「ワット スントン タンマターン」の片隅にあるお堂にかつて銀幕の名優、ミット・チャイバンチャが祀られています。 1934年1月28日 、貧困家庭で生まれたミット・チャイバンチャ(本名ピチェット・プムヘム)は8歳のときに再婚した母親と共にバンコクでの生活を始め、タイボクシングのムエタイを始めました。

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6月19日読了時間: 3分


アユタヤの財宝で建てたお寺:ワット ポー トーン ラーン
バンコクに隣接するノンタブリーにはアユタヤの財宝により建てられたお寺「ワット ポー トーン ラーン」があります。 地図 地下鉄ウォンサワン駅から徒歩14分 アユタヤの財宝で建てたお寺 1767年、アユタヤ王国はビルマとの籠城戦の末に都が陥落し、滅亡しました。 アユタヤ王国が滅びたとき、この付近に逃れてきた裕福な商人が2本の木の下に財宝を埋めて隠しました。 それから数年後、この近くの村人が木の下に埋められていた財宝を見つけました。 財宝を見つけた村人たちは仏教への信仰心が深く、その財宝を売ってお寺の建設費に充て1776年に「ワット ポー トーン ラーン」が建ちました。 村人たちが見たのは、このように眩い光を放っていたアユタヤの財宝だったのでしょう チャオサームプラヤー国立博物館/アユタヤ ちなみに、邪心だらけの私がこんな眩い光を放つ財宝を発見したら、、、 ランボルギーニ カウンタックLP400 村人には内緒でこんな車を買っていたでしょう( ̄∇ ̄;)

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6月15日読了時間: 1分


タイで初めてミスコンが行われた会場:サラーンロム公園
バンコクで多くの観光客が訪れるエメラルド寺院の向かいには、緑豊かな環境の中で人々がくつろぐ「サラーンロム公園」があります。 地図 地下鉄サナームチャイ駅から徒歩5分 開園時間:朝4時30分から夜9時まで (時間変更があります) サラーンロム公園の成り立ち サラーンロム公園は、元々1866年に建設されたサランロッム宮殿の敷地の一部でした。 サランロッム宮殿 タイの近代化を推し進めるラーマ5世(在位1868年ー1910年)は元外交官でラーマ5世の顧問を務めていたイギリス人、ヘンリーアラバスターの助言により1874年にサラーンロム公園を建設しました。 その後、1904年に当時王子であったラーマ6世(在位1901年ー1925年)によりサラーンロム公園で王室警備隊の軍事教練が行われ また、ラーマ6世の治世には冬の行事が行われたことがあります。 ミスタイランドが行われる 1932年6月24日、タイでは立憲革命によって政治体制が絶対王政から立憲君主制に移行しました。 そして同年12月10日に憲法記念日の記念祝賀会がサラーンロム公園で行われ、その一環としてタイで

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6月11日読了時間: 2分


巳年生まれの巡礼地:ワット チェットヨート
チェンマイにある、巳年生まれの人々の巡礼地とされ、タイ語で7つの仏塔がそびえ立っていることを意味する「ワット チェットヨート」は、ラーンナー王国が最も栄えていた15世紀に建てられたお寺です。 地図 拝観時間:朝6時から夕方6時まで (時間変更があります) 菩薩の寺と呼ばれる理由 ラーンナー王国第9代ティローカラート王(在位1441年-1487年)は仏教への信仰心から自国にも仏教の聖地インドのブッダガヤのマハーボディ寺院を模したお寺を建てるべきと考えました。 そのため当時、仏教が盛んであったビルマのパガンにマハーボディ寺院の設計を学ばせるために僧侶を派遣しました。 そしてティローカラート王は1445年にお寺の建設を命じ、菩提樹を植えたことから、「ワット・チェットヨート」は別名「菩提の寺」を意味する「ワット・ポータラーム」とも呼ばれています。 そのお堂には菩提樹の木が生えていましたが、倒壊を防ぐために1910年に伐採されました。 また、お堂の外壁に約70の神々の姿がレリーフが施されており、 一説によるとこれら神々の顔は、ティロカラート王の親族をモデル

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6月3日読了時間: 4分


静寂なる瞑想地:ワット ラムプーン
チェンマイにあるラーンナー語で「嘆き悲しむ」を意味する「ワット ラムプーン」は、1492年にラーンナー王国10代ヨートチエンラーイ(在位1487年ー 1495年) より建てられたお寺です。 地図 拝観時間:朝7時から夕方5時まで (時間変更があります) ヨートチエンラーイ王 ラーンナー王国9代ティローカラート王(在位1441-1487年)にはタオ・シー・ブンルアンという王子がいましたが、反乱を企てたとの告発からチェンライを統治させることで事態を収拾しました。 そして、タオ・シー・ブンルアンにはチェンライの地にて息子が生まれプラ・チャオ・ヨード・チェンライと名付けました。 こうして事態は落ち着いたかに見えましたが、ティローカラート王は側室からタオ・シー・ブンルアンが再び反乱を企てていると知らされました。 知らせを聞いたティローカラート王は国内の安定のため、反乱を防ぐべくタオ・シー・ブンルアンの暗殺を命じ、孫であるプラ・チャオ・ヨード・チェンライをラーンナー王国の第10代王に任命しました。 その後、王位に就いたヨートチエンラーイ王は、父の暗殺に関与し

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6月1日読了時間: 3分


チェンマイの自家製餃子店:おはよう 餃子&カフェ
広大なラーチャプルク御苑を訪れた後、チェンマイ空港近くにある自家製餃子で評判の「おはよう 餃子&カフェ」で少し遅めのランチを楽しみました。 地図 営業時間:朝9時から夜6時まで (時間変更があります) 店内の様子 5人が座れるテーブル席が一つしかなく、どうしようかと考えていたところ、席に座っていた親切な女性が席を譲ってくれました。 ちなみにカウンター席もあります。 メニュー こちらは焼き餃子のメニューになり、チーズなどのトッピングもでき こちらは揚げ餃子のメニューになります。 また、牛丼や豚丼、カツ丼などがあり チキンナゲットやフライドポテトもあり カフェだけにドリングメニューも充実しており うどんやカレーライスもあります。 美味しい自家製餃子!!! 私と義妹と義弟はグリーンティーを注文し 値段は40バーツ 妻はアイス抹茶ラテを注文し 値段は65バーツ 姪はアイスココアを注文しました。 焼き餃子セット15個を注文し、焼き加減が美味しく、みんなお腹が空いていたのでアッという間に完食してしまいました。 値段は129バーツ 揚げ餃子にたこ焼きソースのふ

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5月30日読了時間: 2分


ラーチャプルク御苑その3:世界のパビリオンと大金殿
チェンマイでは2006年に当時のラーマ9世在位60年と生誕80年を記念して、世界園芸博覧会が行われ、その跡地を整備して作られた「ラーチャプルク御苑」は広大な敷地を持つ公園です。 広い敷地を持つ公園では、無料のシャトルバスが15分ごとに運行しています。 地図 開園時間:朝8時から夕方6時まで 入場料: タイ人100バーツ 外国人200バーツ 世界のパビリオン ラーチャプルク御苑では2006年に行われた世界園芸博覧会のパビリオン跡が残されており、こちらはネパールになり こちらはブータンになり 小さいながらもブータンの雰囲気を醸し出しており こちらにはケニアや カンボジアや 中国などがあります。 ラーンナー様式の大金殿 ラーチャプルク御苑の中心には2006年に行われた世界園芸博覧会の一環として優雅な姿の大金殿があり ラーマ9世は王室プロジェクトを通じて多様な農業プロジェクトを実施し、タイを農業国として成功に導いたことから、「陛下はすべてのタイ国民の心の中心である」というコンセプトに基づいて大金殿が設計されました。 そして、その設計には多くの専門家や

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5月28日読了時間: 2分


ラーチャプルク御苑その2:タイの自然を感じる昆虫館
2006年に当時のラーマ9世の在位60年と生誕80年を記念して世界園芸博覧会が行われたチェンマイにある「ラーチャプルク御苑」は跡地を整備して作られた広大な敷地を持つ公園です。 そのような広い敷地には、無料のシャトルバスが15分ごとに運行しています。 地図 開園時間:朝8時から夕方6時まで 入場料: タイ人100バーツ 外国人200バーツ タイの自然を感じる昆虫館 蘭園に続いてシャトルバスは昆虫館の前で止まりましたので、見学に行ってきました。 博物館の中に入ると大きな三葉虫や恐竜がおり 昔の人が火を起こそうと頑張っていました。 さらに奥に置くと昆虫の仮面があり、 裏に回って、ここからのぞき込んでみると それぞれの昆虫の視線を見ることができます。 こちらには昆虫の標本があり トンボや 蝶などが展示されています。 こちらでは昆虫のアニメが上映されており、タイ語を話す昆虫を見ていたら「ミツバチハッチ」の歌を口ずさんでいました。 こちらには金属のような光沢をもつタマムシ科の甲虫が展示されており こちらには東南アジアに生息するゴホンツノカブトが展示されてお

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5月26日読了時間: 2分


ラーチャプルク御苑その1:色とりどりの蘭園
チェンマイにある「ラーチャプルク御苑」は、2006年に当時のラーマ9世の在位60年と生誕80年を記念して、世界園芸博覧会が行われた跡地を整備して作られた広大な敷地を持つ公園です。 そのような広い敷地を持つ公園では、無料のシャトルバスが15分ごとに運行しています。 地図 開園時間:朝8時から夕方6時まで 入場料: タイ人100バーツ 外国人200バーツ 色とりどり蘭園 最初にシャトルバスは蘭園の前で止まりました。 中に入ると このような紫色や黄色の蘭や パンダといわれる品種の蘭もあり 白い胡蝶蘭や 淡い黄色の蘭もあり 淡いピンクのシンビジュームもあり タイらしく象のモニュメントもあります。 また奥にはガラス張りの部屋があり 室温は20℃くらいに保たれています。 そのようなガラスの部屋には鮮やかな赤やピンクのゼラニュームや 貴婦人のイヤリングといわれるフクシアが咲いており 鮮やかなピンクのインパチェンスが咲いており 可愛らしい黄色のマリーゴールドなどが花を咲かせていました。 こちらの入口を入ると 中はこのようになっており さらに奥には蛍光塗料でホタ

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5月24日読了時間: 2分


チェンマイで最古といわれるお寺:ワット プラタート ドーイカム
チェンマイの標高約200mのドーイカム山頂に17mの大仏が祀られている「ワット プラタート ドーイカム」は約1300年以上の歴史があり、チェンマイで最古のお寺といわれています。 地図 拝観時間:朝6時から夕方6時まで (時間変更があります) ワット プラタート ドーイカムの歴史 7世紀から13世紀にはタイ北部のランプーンを都とするモン族のハリプンチャイ王国があり ハリプンチャイ王国初代チャムデヴィ女王の息子であるマハンタヨットとアナンタヤットが687年に仏陀の遺物を納めるために、この山にお寺を建てました。 このお寺が建てられた頃、仏陀の遺物が収められた神聖の場所であることから「黄金の山寺」を意味する「ワット・スワンナバンポット」とよばれていました。 しかし、13世紀以降タイ北部の支配者が何度も変わる中でお寺には数世紀にわたって住職がいなくなり、お寺は廃墟同然となってしまいました。 そのような状況で豪雨により古い仏塔が倒壊したことから、1966年に大規模な修復工事が始まりました。 また修復工事にともない、倒壊した仏塔の中から様々な歴史的価値のある遺

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5月22日読了時間: 2分


チエンマイのおしゃれな運河通り:メーカー運河
チェンマイにある「メーカー運河」は日本の小樽運河のような雰囲気があり、散歩をしたりカフェやレストランで食事を楽しむことができる新たな観光名所として、多くの人々が訪れています。 地図 営業時間:夕方4時から夜10時まで (時間変更があります) メーカー運河の歴史 1261年にラーンナー王国初代として王位に就いたマンラーイ王は都であるチェンマイを守る外堀としてメーカー運河がつくられました。 その後も約700年、この運河は主要な交通や物流インフラとして人々の生活を支えていました。 また、運河の水はきれいであったことからチエンマイの人達はカニは魚など獲っていました。 しかし、チェンマイの都市化が進むにつれて、運河の水質問題が生じ、その結果、この地域は不法占拠されたスラム街になってしまいました。 こうして状況を解決すべく2017年にチェンマイは5000万バーツの予算をかけて運河の整備と水質改善を行い メーカー運河は小樽運河をテーマにした新たな観光スポットとして整備され、チェンマイの新たな観光名所として多くの人が訪れています。 オシャレな運河通り 運河沿いに

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5月16日読了時間: 2分
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