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ワット マハタート:木の根に取り込まれた仏頭が微笑むお寺

アユタヤにある数多くの古代遺跡は1991年にユネスコ世界遺産に登録され、「ワット マハタート」も古都アユタヤ遺跡の一つとして登録されています。


その「ワット マハタート」には樹齢100年以上の木の根に取り込まれた仏頭があるお寺として有名で世界中から多くの観光客が訪れています。

ワット マハタートの場所

アユタヤ駅からワット マハタートまで車で10分程です。

アユタヤ駅を降りるとこのような観光用のトゥクトゥクがあります。(値段は要交渉)

またアユタヤでは観光用のレンタル自転車があり、お寺には専用の駐輪場があります。

入場料はタイ人20バーツ、外国人50バーツです。

ワット マハタートの歴史


「ワット マハタート」はアユタヤ王国3代目ボロムラチャティラート1世の治世、1374年に建設が始まりました。


しかし、「ワット マハタート」の完成を待たず、ボロムラチャティラート1世は1388年に亡くなってしまいました。


ボロムラチャティラート1世の崩御後に、退位させられていたアユタヤ王国2代目ラーメースワン王がクーデター起こし、1388年に再び権力を取り戻しアユタヤ王国5代目の国王に即位しました。


そしてアユタヤ王国5代目ラーメースワン王により「ワット マハタート」は完成しました。

「ワット マハタート」には大きな仏塔が建てられ、その基礎の部分には仏舎利が納められたとされています。

アユタヤ時代、「ワット マハタート」は仏舎利が納められている宗教上の重要な寺院であるため、アユタヤ王朝による様々な儀式が行われていたとされています。

しかし、アユタヤ王国24代ソンサム王(1590年ー1628年)の治世に仏塔が倒壊しました。

倒壊した仏塔はアユタヤ王国27代プラサート トーン(1629年ー1656年)により1633年に修復が行われました。

しかし、修復は完全ではなかったため、アユタヤ王国32代ボロムコット王(1680年ー1758年)は1732年から1758年にかけて再び「ワット マハタート」の修復を行いました。

アユタヤ王朝は中国、日本、琉球などの東アジアだけでなくアラブやヨーロッパの国々と活発な貿易を行い経済や文化が繁栄した王国でした


そんな栄華を誇ったアユタヤ王国ですが、1767年にミャンマーとの戦争に敗れ、都であるアユタヤは陥落し黄金に輝いていた仏塔も破壊されました。

アユタヤ陥落時、ビルマ軍の容赦ない破壊により、現在「ワット マハタート」には頭部を切り落とされた仏像が崩れ落ちた壁の前に鎮座しています。

1956年に「ワット マハタート」の調査が行われたとき、仏塔の下から多くの黄金の仏像や宝飾品が発見されました。


このとき発見された仏像や宝飾品は、現在アユタヤにあるチャオ サン プラヤ―国立博物館にて見ることができます。

入口の近くに当時の「ワット マハタート」の模型が展示しています。

ビルマ軍により徹底的に破壊され、黄金に輝いていた金箔を剝がされた仏像ですが、今でもアユタヤ王国があったころと同じく穏やかな顔で微笑んでいます。


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