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スコータイ王国の守護神:プーパーダム祠
観光地で有名なスコータイ歴史公園の手前にスコータイ王国の軍人を守護神として祀るパーダムじいさんの祠を意味する「 プーパーダム祠」があります。 地図 スコータイ王国の守護神 カンボジアのクメール帝国の弱体化に伴い1220年、初代シーインタラーティット王によりスコータイ王国が成立。 1238年、2代目バーンムアン王によりスコータイ王国はラヴォ王国から完全独立を果たしました。 しかし、弱体化したとはいえインドシナ半島に影響力のあるクメール帝国の実力は侮りがたく、その軍事的脅威にスコータイ王国はさらされていました。 そのような軍事的脅威がある状況でスコータイ王国の城門を守る重要な任務に軍人パーダムとその部隊が現在、祠のある場所に駐屯をしていました。 そして大任を任されたパーダムはシーインタラーティット王、バーンムアン王、ラームカムヘーン王の3代に忠実に仕え城門を守り続けました。 そのようなパーダムの陰の支えもあり、スコータイ王国はラームカムヘーン王の治世に大きな繁栄を遂げました。 そのような理由で、今でも地元の人達はスコータイ王国の守護神としてパーダムを

somutamu
4 時間前読了時間: 2分


スコータイ王国の繁栄とラームカムヘーン王
スコータイ歴史公園に祀られているスコータイ王国3代ラームカムヘーン王(在位1279年ー1299年)の治世に大いなる繁栄を遂げたことで、現在でもタイ人に尊敬され続けています。 ラームカムヘーン大王像/スコータイ歴史公園 地図 タイ仏教思想が確立する 1240年にタイ族の国として独立したスコータイ王国ですが、まだまだ小国ゆえにカンボジアのクメール帝国から絶え間ない脅威にさらされ続けていました。 ホーテーワーライ マハーカサットピマーン そのような状況で1260年頃にタークの領有権をめぐる戦いでスコータイ王国2代バーンムアンの弟が出陣しました。 出陣した弟は戦象を巧みに操り、クメール帝国の貴族を打ち取りとったことで勝利を決定づけたことから「勇敢なるラーマ」を意味するラームカムヘーンと呼ばれました。 そのような武勇に優れたラームカムヘーンですが、1279年にスコータイ王国第3代に即位するとタイ仏教である上座部仏教้の保護政策を行いました。 ワット サッ シー これによりスコータイ王国は武力ではなく仏教を用いた外交や文化、政治手法でその領土を広げたことで大

somutamu
6 日前読了時間: 4分
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