フランス人宣教師による天文台跡:ワット サン パオ ロー
- somutamu
- 8月4日
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アユタヤ王国ナーラーイ王の治世はヨーロッパ諸国への貿易で繁栄した時代であり特にフランスとの強い結びつきがありました。

地図
ロッブリー駅から徒歩14分
開園時間:朝9時から夕方5時まで
ロッブリーに天文台が築かれる
1685年、ロッブリーで6人のフランス人のイエズス会宣教師がロッブリーでナーラーイ王に謁見をしました。
謁見をした6人の宣教師たちは数学者を加えた12名に都アユタヤと副都ロッブリーに天文台の建設を願い出ます。

ヨーロッパの技術に理解を示していたナーラーイ王は天文台の建設を許可します。

また、この天文台には宗教施設としてキリスト教会が建設されました。

こうして完成した天文台からフランス人宣教師や数学者による天体観測が行われる他に高度な知識を持った人材がいたことから天文台は大学のような役割も果たしていました。

しかし、1688年にペートラーチャーがアユタヤ王国31代に即位すると、鎖国政策をとり多くの外国人が国外追放となったことで、天文台は現在のように廃墟となってしまいました。

フランス人宣教師やこの天文台からどのような星々を眺めていたのでしょう。
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