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ワット ラーチャブーラナ:政争に敗れた二人の兄を祀る寺

「ワットラーチャブーラナ」は1424年、アユタヤ王国8代サームプラヤ―により、王位継承争いで亡くなった2人の兄を弔うために火葬を行った場所に建立されました。

アユタヤ

地図


入場料:タイ人20バーツで外国人50バーツ


拝観時間:朝8時から夜6時まで


ワット・ラーチャブーラナの歴史


アユタヤ王国7代ナカリンタラーティラート王(1359年ー1424年)が崩御したとき、スパンブリー領主のアイプラヤ―、プレークシーラーチャー領主のイープラヤ―、チャイナート領主のサームプラヤ―の3人の息子がいました。

アユタヤ

やがて、兄弟で王位継承の争いが起き、3人の王子は象にまたがり決闘を行いました。

決闘の結果、長男アイプラヤ―と次男イープラヤ―は相打ちで亡くなってしまい、生き残った3男サームプラヤ―がアユタヤ王国8代の王位に就き、二人の兄を弔うために「ワット ラーチャブーラナ」を建てました。

アユタヤ

サームプラヤ―王とは


王位継承争い後に即位したアユタヤ王国8代サームプラヤ―王(1386年ー1448年)は現在カンボジアのクメール王国、アンコール トム攻略に成功しました。


そのとき捕虜として捕らえた大勢のクメール人官吏がアユタヤに連れて来られました。


それらクメール人官吏の影響により、アユタヤ王朝では王を神であるとするバラモン教の思想となり、王族の儀式もバラモン教になりました。


それらバラモン教の思想や儀式は現在のチャクリー王朝でも引き継がれています。

アユタヤ

またサームプラヤ―王の治世にスコータイ王朝をアユタヤ王朝に併合しました。

仏塔には階段があり上ることができます。

アユタヤ

かなり急な階段です。

階段の上から女神様が見守ってくれていますが、足元にはご注意ください!

こちらが階段を上がるのを見守ってくれた女神様です

「ワットラーチャブーラナ」もアユタヤ王国滅亡時にビルマ軍による破壊を免れることはできませんでした。

1956年「ワットラーチャブーラナ」は専門家の調査により地下聖堂が発見されました。

しかし、1957年に窃盗グループにより地下に埋蔵されていた多くの仏像や宝飾品が持ち去られました。

その後、窃盗グループは逮捕されましたが、持ち去られた財宝のほとんどが戻ることはありませんでした。


その後、専門家チームの調査により2千点以上の宝飾品と10万点以上の仏像が発掘され、それらはチャオ サーム プラヤ―国立博物館に納められています。

仏塔の上から見た景色です。

アユタヤ時代にはここにも大きな仏塔が建っていたのでしょう。

現在のタイ王室の紋章、ガルーダの彫刻があります。


「ワットラーチャブーラナ」は仏塔に上がることができますのでの、このような精巧な彫刻を間近で見てはいかがでしょうか!


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