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アユタヤ王国34代王ゆかりのお寺:ワット ハントラー
古都アユタヤにある「ワット ハントラー」はアユタヤ王国34代ボーロマコート王とゆかりのあるお寺です。 地図 ボーロマコート王とゆかりのあるお寺 農業国であるタイでは、アユタヤ王国の時代から米が主要な輸出品であり、当時は大量の米が中国に輸出されていました。 そのため、アユタヤ王国では「ワット ハントラー」で国王自ら脱穀し米の収穫を祝う儀式が行われていました。 この日、アユタヤ王国の第32代スリエーンタラーティボーディー王は、脱穀の儀式を行うために妊娠中の王妃を伴い「ワット ハントラー」を訪れました。 その儀式の最中に王妃が産気づき、生まれたのが後にアユタヤ王国34代となるボーロマコート王です。 そのようなことがあり王位の即位後にボーロマコート王は自身の誕生が由来した「ワット ハントラー」に大規模な修復を行いました。 アユタヤ王国34代ボーロマコート王 ボーロマコートは兄であるアユタヤ王国33代プーミンタラーチャー王(在位1709年ー1733年)の副王として政務で兄を支えていました。 ボーロマコート王 しかし、病床に伏せたプーミンタラーチャー王が王位

somutamu
7月17日読了時間: 2分


600年の歴史を持つ涅槃仏:ワット プラ ノーン
古都アユタヤの多くの遺跡には古い涅槃仏が祀られていることが多く、ここ「ワット プラ ノーン」には約600年前につくられた涅槃仏が祀られていることから多くの人がお参りに訪れています。 地図 600年の歴史をもつ涅槃仏 「ワット プラ ノーン」はアユタヤ王国中期の1400年代に建てられたとされています。 そして本堂には長さ12mの涅槃仏が祀られていましたが、1767年にビルマ軍の戦に敗れアユタヤ王国は滅亡し「ワット プラ ノーン」も廃墟となりました。 その後、タイ美術局と地元の住人の協力により涅槃仏の修復が行われました。 「ワット プラ ノーン」は大きな本堂や仏塔などはありませんが、多くの人がお参りに訪れていました。 タイのお寺ではこのような布を置いてあることが多いです。 これは女性がタンクトップのような露出の多い服を着ている場合に肩から羽織ったり、半ズボンなどの場合に腰に巻いてお参りをするためです。 このようなひっそりとした場所に祀られている涅槃仏にも参拝するタイの人々の仏教に対する深い信仰心を感じました。

somutamu
7月11日読了時間: 1分


芸術の才能あふれる王族の壁画:ワット スワンダーラーラーム
古都アユタヤの中心地から少し離れたパーサック川の近くに芸術の才能にあふれる王族により描かれた壁画のあるお寺「 ワット スワンダーラーラーム」があります。 地図 ワット スワンダーラーラームの歴史 ワット スワンダーラーラームはアユタヤ王国の貴族であったラーマ1世の父親 トンディー卿により建てられ金の寺を意味する「ワットトーン」と命名されました。 しかし、1767年のアユタヤ王国滅亡時にワットトーンもまたビルマ軍による徹底的な破壊から免れることができず、その後18年間、廃墟のまま放置され続けました。 その後、1782年にチャクリー王朝を開いたラーマ1世は1785年にワットトーンの修復を行い完成後に「 ワット スワンダーラーラーム」と改名しました。 また、境内にはラーマ4世(在位1851年ー1868年)により建てられた仏塔があります。 この日は本堂が閉まっていたため、こちらのお堂にお参りしました。 美術の才能あふれる王族の壁画 ワット スワンダーラーラームのお堂にはタイの英雄ナレースワン王が1593年にビルマからの独立をかけた ノーンサーラーイの戦い

somutamu
3月9日読了時間: 2分
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