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内乱に敗れた貴族が逃げ込んだお寺:ワット ヤーン スッターラーム

執筆者の写真: somutamusomutamu

タイ語でゴムを意味する「ヤーン」というようにお寺「ワット ヤーン スッターラーム」が1770年のトンブリ王朝時代に建てられたころ、この辺りはゴムの木が茂る庭園がありました。

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地図

拝観時間:朝6時から夜8時30分まで


(時間変更があります)


内乱に敗れた貴族が逃げ込んだお寺

1762年ビルマにより滅亡したアユタヤ王国から国を奪回しバンコクにトンブリ王朝を建てたタークシン王ですが晩年に心の病から民心を離れるような政策を命ずるようになりました。


その結果、各地で反乱が起き始めたことから、貴族である1782年にプラヤーシンに反乱の討伐を命じました。

タイのお寺

しかし、プラヤーシンはこれを権力の簒奪の絶好の機会ととらえ他の貴族と共にクーデター起こしタークシン王を出家させました。


このときカンボジア遠征からバンコクの帰途の途中の貴族マハーカサットスックは民衆の支持もあったことからプラヤーシンなどの反乱軍を鎮圧し、敗れた反乱者は「ワット ヤーン スッターラーム」に逃げ込みました。


その後、反乱者を処罰したマハーカサットスックは王位「ラーマ1世」に即位し1782年に新たに現在のチャクリー王朝を開きました。

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