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戦の罪を償うために建てたお寺:ワット アーサー ソンクラーム

執筆者の写真: somutamu
somutamu
4 時間前
読了時間: 2分

サムットプラカーンにある「ワット アーサー ソンクラーム」は元々はモン族の言葉で「運河のお寺」を意味するピアン・クーン・サラとも言われるお寺です。


地図


戦の罪を償うために建てたお寺

ビルマより滅亡させられたタイの領土を奪還し、トンブリー王朝を開いたタークシン王(在位1767年ー1782年)の治世、隣国のビルマ国内ではモン族に対して苛烈な徴兵が行われたことにより、多くのモン族がタイに逃げ込みました。


タイに逃れて来たモン族にタークシン王は定住を認めたことにより、タイ国内には多くのモン族のコミュニティーができました。

タークシン王
タークシン王

その後、タイはチャックリー王朝の治世になりましたが、数度にわたるビルマからの侵攻を受けた際に、多くのモン族が義勇兵として戦地に赴きました。


「ワット アーサー ソンクラーム」の片隅に、モン族の独特の形をした仏塔があることから、指揮官のサミン・アサソンクラームもそんなモン族の一人だったと思われます。


こうしたモン族の義勇兵の活躍もあり、シャムはビルマの侵攻を食い止め、戦いに勝利をしました。


しかし、指揮官のサミン・アサソンクラームは戦争の罪の償いとして、1820年に土地を寄進して自らの名前に因んだお寺「ワット アーサー ソンクラーム」を建設しました。


その後、「ワット アーサー ソンクラーム」から多くの高僧を輩出したことからたくさんの高僧の像が祀られています。


サミン・アサソンクラームが戦争の罪の償いを祈るような静けさが佇むお寺でした。


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