タイの銀幕のスターが葬られた寺:ワット スントン タンマターン
- somutamu

- 21 時間前
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バンコクにあるお寺「ワット スントン タンマターン」は1960年代にタイのスクリーンで大活躍した名優ミット・チャイバンチャが葬られたことで知られたお寺です。

地図
セーンセーブ運河 パンファリーランド埠頭から徒歩10分
拝観時間:朝6時から夕方6時まで
(時間変更があります)
ワット スントン タンマターンの由来
「ワット スントン タンマターン」は元々この地域に住んでいたタイ南部の人々のアクセントからワット・サナム・クラブエとも呼ばれていました。

その後、王位を継承するまでの27年間僧籍にあり、仏教に深い知識を持つラーマ4世(在位1851年ー1868年)によりお寺は「ワット スントン タンマターン」と改名されました。

銀幕の名優ミット・チャイバンチャ
「ワット スントン タンマターン」の片隅にあるお堂にかつて銀幕の名優、ミット・チャイバンチャが祀られています。

1934年1月28日 、貧困家庭で生まれたミット・チャイバンチャ(本名ピチェット・プムヘム)は8歳のときに再婚した母親と共にバンコクでの生活を始め、タイボクシングのムエタイを始めました。

そしてミット・チャイバンチャは大学卒業後にタイ空軍航空学校に入学してパイロットの訓練を受け、ドンムアン空軍基地で飛行教官として勤務しました。

こうして飛行教官として過ごしていたミット・チャイバンチャですが、1956年に彼の友人がミット・チャイバンチャの写真を知り合いのジャーナリストに見せました。
そのジャーナリストが知り合いの映画雑誌編集者にミット・チャイバンチャの写真を見せたことで、映画関係者の目に留まりました。

こうして1956年にミット・チャイバンチャはスクリーンデビューし、彼の出演した多くの作品は次々と大ヒットし、映画館はいつも満員になるほどの人気を博しました。

そしてミット・チャイバンチャの人気は1960年代に絶頂期を迎え、当時タイで1年間に約100本製作された作品のほぼ半数に彼は出演し、睡眠時間は1晩に2,3時間とハードスケジュールをこなしていました。

銀幕のスターの突然の別れ
1970年10月8日に266本目の作品の撮影が行われ、ラストシーンの夕日に向かって飛ぶヘリコプターの縄梯子につかまる撮影が行われました。

しかし、ミット・チャイバンチャはしっかりと縄梯子をつかんでおらず、そのことに気づかないヘリコプターのパイロットが高度を上げたため、約90mの高さから落下し命を落としてしまいました。

ミット・チャイバンチャの葬儀がバンコクのワット テープシリンタラーワートで行われ数万人が参列し、その遺灰は「ワット スントン タンマターン」に葬られました。

ミット・チャイバンチャが亡くなってから50年以上の年月が経ちますが、今でも多くの人がかつての銀幕のスターへ香華を手向けに「ワット スントン タンマターン」に訪れています。




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