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エメラルド仏が祀られた伝説:カムペーンペットのワットプラケオ

  • 執筆者の写真: somutamu
    somutamu
  • 5 日前
  • 読了時間: 3分

更新日:4 日前

ユネスコ世界遺産に登録されている「カムペーンペット歴史公園」は城壁内と城壁外の2ヶ所があります。


その城壁内にある古代寺院「ワットプラケオ」にはその昔、タイ仏教で重要な仏像「エメラルド仏」が祀られていた伝説があります。


地図

拝観時間:8時30分から夕方4時30分まで


入場料:タイ人20バーツ、外国人200バーツ


カムペーンペット歴史公園の城壁内

歴史公園の入り口にはタイの習慣で新しく都市ができた際にその繁栄を願う市の柱が祀られており


14世紀スコータイ王国時代に建てられた古代寺院の特徴的な象の台座の仏塔があります。


また、スコータイ王国6代リタイ王(在位1347年ー1368年)により建てられたとされるワット プラタートの仏塔がそびえ立っており


かつてエメラルド仏が祀られたとされるお寺「ワットプラケオ」にあるきれいな顔をした涅槃仏が優し気に微笑んでいます。


カムペーンペットにエメラルド仏が祀られる

エメラルド仏は紀元前500年頃にインドでつくられ、インド国内での戦乱を避けるためにスリランカに運ばれました。


その後、仏教を深く信仰していたビルマのパガン王朝のアノーヤター王(在位1044年ー1077年)が経典を求めスリランカに行き、経典とエメラルド仏を持ち帰るために船に積み込みました。


しかし帰路、経典とエメラルド仏を積んた船が難破をしてしまい、現在のカンボジアのアンコールトムに流れ着きました。


漂着したアノーヤター王はアンコールトムの王から経典の返してもらうことはできましたが、エメラルド仏はそのままアンコールトムに留め置かれました。

アンコールトム/カンボジア
アンコールトム/カンボジア

その後、エメラルド仏はアユタヤを経てカムペーンペットの領主に渡りエメラルド仏を祀るためにワットプラケオが建てられたとされています。


その後のエメラルド仏の行方

カムペーンペットのワットプラケーオに祀られていたエメラルド仏ですが、タイ北部ラーンナー王国6代クーナー王(在位1355年ー1385年)の弟がカムペーンペットに攻め込みエメラルド仏をチェンライに持ち去りました。


そしてチェンライでもエメラルド仏を祀るためにワットプラケオが建てられましたが、ラーンナー王国内で内紛が起きてしまい、戦火を避けるためエメラルド仏は漆喰で固めて隠されました。

チェンライのワットプラケーオ
チェンライのワットプラケーオ

1434年、隠していた仏塔に雷が落ちたことで漆喰が剥がれエメラルド仏が見つかったことから、ラーンナー王国8代サームファンケーン王(在位1401年ー1442年)が三度、象を使ってチェンマイに運ぼうとしましたが、そのたびに象が引き返してしまいます。


結局、ラーンナー王国9代ティローカラート王(在位1442年ー1487年)が1468年にチェンマイにエメラルド仏を運ぶことに成功しました。

チェンライのワットプラケーオ
チェンライのワットプラケーオ

その後、ラーンナー王国16代でラオスのラーンサーン王国を兼ねたセーターティラート王(1534年ー1572年)がビルマ軍の侵攻を懸念し、エメラルド仏をラオスのヴィエンチャンに運んだことでヴィエンチャン王国にて祀られました。

エメラルド仏のレプリカレプ/チェンライのワットプラケーオ
エメラルド仏のレプリカレプ/チェンライのワットプラケーオ

1777年、バンコクにトンブリー王朝を建てたタークシン王がビルマとの軍事同盟のあるヴィエンチャン王国へ進攻し、遠征軍司令官のチャクリー卿が戦利品としてエメラルド仏をバンコクに持ち運びました。

タークシン王
タークシン王

その後、チャクリー卿がラーマ1世(在位1782年ー1809年)として王朝を開き1784年にエメラルド仏はバンコクのワットプラケオに祀られました。

バンコクのワットプラケーオ
バンコクのワットプラケーオ

今では雨ざらしの仏像があるカムペーンペットのワットプラケオですが


エメラルド仏が祀られていたころのワットプラケオでは王侯貴族が多くの僧侶を伴って国の繁栄と平和への祈りが行われていたのでしょう。

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