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スコータイ王国成立前のコミュニティーの中心地:ワット プラパーイ ルアン

  • 執筆者の写真: somutamu
    somutamu
  • 3月1日
  • 読了時間: 2分

高いトウモロコシ型の仏塔がある古代寺院ワット プラパーイ ルアン」は13世紀のスコータイ王国成立以前においてこの地域における重要なコミュニティーの中心地であったことが推測されています。


地図

開園時間:朝6時30分から夕方5時30分まで


(時間変更があります)


拝観料:タイ人40バーツ 外国人120バーツ


(拝観料はワット シーチュムとの共通チケットになります)


スコータイ王国成立以前のコミュニティーの中心地

ワット プラパーイ ルアン」が建てられた12世紀、スコータイは現在のカンボジアであるクメール帝国が統治していました。


そのクメール帝国のジャヤーヴァルマン7世(在位:1181年ー1218年)は仏教により国を統治する政策を行っていました。


そのためクメール帝国の統治下でタイ中央部のロッブリーにあったモン族のラヴォ王国でもクメール文化の影響を受けたトウモロコシ型の仏塔を持つお寺を見ることがあります。

ワット プラ シー ラタナ マハータート/ ロッブリー
ワット プラ シー ラタナ マハータート/ ロッブリー

そして、スコータイでもクメール帝国の影響を受けた高くそびえ立つ仏塔と広い敷地のワット プラパーイ ルアンが宗教儀式や行政の中心地の役割を果たしていたと思われます。


13世紀に入るとクメール帝国の勢力に陰りが見えたことから1220年にタイ族のシーインタラーティットがこの地にスコータイ王国を成立させました。


スコータイ王国を成立させた後にシーインタラーティットはワットマハタートを建て王国の宗教儀式を行う中心地としました。

ワットマハタート/スコータイ歴史公園
ワットマハタート/スコータイ歴史公園

しかし、ワット プラパーイ ルアンはスコータイ王国により保護され、現在は崩れてしまい原型をとどめていませんが、タイの遺跡でよく見る仏塔の跡や


崩れ落ちてしまいましたが、14世紀のスコータイ王国後期に見られる仏像があることから歴代の王による修復や改修が行われていたことが想像できます。


最盛期にクメール帝国はインドシナ半島の大半と中国の雲南までの広大な領土を統治しており、その領内に様々な民族が住む他民族国家でした。


在りし日のワット プラパーイ ルアン」ではクメール人はタイ族やモン族などと共に仏教儀式を行い、民族間における話し合いが行われていたのかもしれません。

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