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日本の茶人に持て囃された茶器:トゥリアン窯
スコータイ伝統工芸品の一つに13世紀にラームカムヘーン王が中国から呼び寄せた陶工によりつくられたサンカローク焼きがあります。 サンカローク焼/ ラームカムヘーン国立博物館 そのサンカローク焼きが作られた窯跡「 トゥリアン窯」が スコータイ歴史公園の近くにあります。 地図 スコータイ文化の陶器 1907年、当時王子であった後のラーマ6世はスコータイにおいてのサンカローク焼きの歴史研究を行いました。 その研究によりスコータイ北部のシーサッチャナーライで2ヶ所でサンカローク焼きの窯跡が発見され、またスコータイ旧市街の近くに窯跡「 トゥリアン窯」が発見されました。 窯はレンガで作られ長さは7mから10メートルあります。 ちなみにこの窯が トゥリアン窯とよばれるのは果物のドリアンに似ていることからつけられました。 ドリアン 日本の茶人に持て囃された茶器 このサンカロークとはモン族の言葉で「食器」を意味します。 そしてスコータイのそれぞれの窯でつくられたサンカローク焼きはフィリピンやインドネシアなどに輸出されました。 このサンカローク焼きが中国商人により海を

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2月19日読了時間: 2分


丘の上にそびえ立つ立像:ワット サパーン ヒン
スコータイ歴史公園の西にある高さ200mの丘の上にある「 ワット サパーン ヒン」にはスコータイの街を見渡すかのように立像がそびえ立っています。 地図 小高い丘を登って サパーン ヒン( สะพานหิน) とは石の橋の意味になり、 丘の麓から立像まで300mの斜面の石畳を登って行きます。 しかし、石畳とはいえ、このような石が不規則に敷いているだけなので登りにくく、、、 ようやく立像が見えてきたころには肩でゼイゼイと息を切らしていました(+o+) 丘の上にそびえ立つ立像 丘の上には高さ12,50mのプラ・アッタロットとよばれる立像が右手を上げて手の平を外側に向ける「許しを与える」姿勢でそびえ立っています。 スコータイの発掘調査で発見された碑文によるとスコータイ王国3代ラームカムヘーン王(在位1279年ー1299年)が毎月の新月と満月の夜に白象に乗り礼拝に訪れたと記述があります。 丘の上からはスコータイの景色が一望できます が、、、 戻るには急斜面を降りないといけません 降りたくないな、、、(-_-;)

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2月15日読了時間: 1分


マンゴーの森のお寺:ワット パー マムアン
スコータイにある「 ワット パー マムアン」は境内で発掘された碑文によると1361年頃に建てられたとの記録のある古代寺院です。 マンゴーの森のお寺 「 ワット パー マムアン」は 仏教に深い信仰心のスコータイ王国6代リタイ(在位1347年ー1368年)が上座部仏教の本場スリランカから招聘した高僧のために建てたお寺との記録があります。 またワット パー マムアンの発掘調査で発見された碑文にはリタイ王の戴冠式の様子やこのお寺に滞在した記録、スコータイでの反乱の鎮圧などが記されていました。 お寺の名前 は タイ語でป่า(パーは森の意味)มะม่วง(マムアンはマンゴーの意味)からスコータイ王国3代ラームカムペーン王がこの地にマンゴーの果樹園としたことが由来しています。 現在はマンゴーの木はありませんが、旬の季節にはマンゴーの甘い香りが漂う中で読経が行われていたのでしょう。

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2月13日読了時間: 1分


スコータイの母なる聖堂:メーヤー祠
スコータイの人々にとって神聖な雨乞いの神として、またあらゆる願い事が叶うと信じられるプラ・メー・ヤー像を祀る祠に多くの人がお参りに訪れています。 地図 拝観時間:朝8時から夕方5時まで 神聖なる母プラ・メー・ヤー 1914年頃、タイ王室では自国の歴史研究が盛んに行われており、特にスコータイ旧市街では考古学的な研究や調査が行われていました。 そのような研究が進む中でカオ・ルアン山の最高峰の岩山の洞窟でプラ・メー・ヤー像が発見され、その場所をプラ・メー・ヤー洞窟と呼ぶようになりました。 このことが知られるとプラ・メー・ヤー洞窟へ多くの人が参拝に訪れるようになりました。 しかし、参拝客が増えたことでプラ・メー・ヤー像の損傷を恐れた当時の知事は洞窟にはレプリカを祀り、維持管理をするため県庁の近くに廟を建てプラ・メー・ヤー像を祀りました。 プラ・メー・ヤーの由来 スコータイ時代の碑文によるとプラ・メー・ヤー像はラームカムヘーン王妃と記されています。 プラ・メー・ヤー スコータイ王国3代ラームカムヘーン王はその治世において、現在でも続いている仏教国としての礎

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2月11日読了時間: 2分


ミーククロープとスコータイ歩行者天国
宿泊先のホテルの受付から土曜日に「 スコータイ歩行者天国」があるとのことでヨム川にかかる橋を渡って 多くの人で賑わい活気あふれる「 スコータイ歩行者天国」に行ってきました。 地図 営業日:土曜日 営業時間:午後3時から夜9時ごろまで (曜日や時間に変更があります) 活気あふれる市場の様子 警察が交通規制をするほどの多くの人が訪れる歩行者天国では 豚肉や魚のつみれ「ルークチン」が売られ 蒸し鶏や 豚足や 豚の耳が売られており 丸い形が特徴の豚肉と米を混ぜたタイ東北部イサーン地方のソーセージ「サイコークイサーン」があり 昔から山間部では貴重なタンパク源の昆虫食があり たくさんの人で込み合う歩行者天国の中で「営業中」と日本語で書かれた提灯がある屋台では スコータイでもタイ風寿司が人気で飛ぶように売れていました。 また、歩行者天国の中心は広場になっており T-シャツや ハンドメイドのアクセサリーが売られており ドラム缶のベンチで休憩できます。 美味しそうなタイのお菓子 歩行者天国ではタイのお菓子の屋台がたくさんあり、こちらの屋台では「カーオポーン」が焼か

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2月5日読了時間: 2分


宝くじのアートと幻想的な通路:ワット ノーントーン
スコータイにある「 ワット ノーントーン」は宝くじのアートや幻想的な通路がある見ごたえのあるお寺です。 地図 境内の様子 ワット ノーントーンは13世紀から14世紀のスコータイ王国時代、もしくは14世紀以降のアユタヤ王国時代に建てられたとされています。 その後、廃院となってしまいましたが、1937年に ワット ノーントーンは 再建されました。 こちらには大きな金色と銀色の象があり こちらの大仏にお参りをしました。 大きい口のラーフの中には 大きな口を開けたラーフの入口があるので入ってみます。 中に入るといくつもの高僧や仏像が祀られており 金色の亀に乗った神様 プラサンカチャイが祀られており 後ろ姿の仏像に助けを求めるモニュメントがあり 威厳たっぷりの顔をした仏像や 五つの目を持つ仏像や 穏やかな顔した涅槃仏もあり 壁から長い牙の虎が飛び出しており 山岳民族のように頭に布を巻いた仏像もあります。 宝くじのアート!!! 矢印に沿って進んでいくと 逆巻く竜がおり こちらには鹿がいます。 これらのアートをよく見ると、 全て宝くじで作られており、壁一面にも

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2月3日読了時間: 2分


8代目アユタヤ国王が幼少期を過ごした寺:ワット ソラサック
スコータイにある象が支えるスリランカ様式の仏塔が印象的なお寺「 ワット ソラサック」には多くの観光客が訪れています。 地図 8代目アユタヤ国王が幼少期を過ごす ワット ソラサックはスコータイ王国8代 マハータンマラーチャー3世(在位1399年ー1419年)の治世に建てられました。 ワット ソラサックが建てられた頃の スコータイ王国は弱体化し、アユタヤ王国の属国となっていました。 そこで、スコータイ王国7代サイルータイ王の娘を娶ったアユタヤ王国の王子サームプラヤーがスコータイの領主として幼少期に母親と共に ワット ソラサックで過ごしました。 その後、1424年に父であるナカリンタラーティラート王が亡くなったことからサームプラヤーは二人の兄と王位継承を決める決闘が行われ、3人は戦象にまたがりました。 決闘の結果、二人の兄が相打ちで亡くなったことから1424年にサームプラヤーはアユタヤ王国8代に即位しました。 アユタヤ/ワット ラーチャブーラナ そして王位に即位したサームプラヤーは決闘で亡くなった二人の兄の霊を慰めるためにアユタヤに ワット ラーチャブ

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2月1日読了時間: 1分


ラームカムヘーン国立博物館でスコータイ時代の仏教文化を堪能する
スコータイにある「 ラームカムヘーン国立博物館」には多くの古代寺院跡から発掘されたスコータイ王国時代の貴重な仏像や文化財が展示されています。 地図 開館時間:朝9時から夕方4時まで 入場料:タイ人30バーツ 外国人200バーツ ラームカムヘーン国立博物館の成り立ち 13世紀にスコータイ王国の都として多くの古代寺院があるスコータイでは1953年からタイ美術局考古課により調査、発掘、修復が行われ、数多くの文化財が発見されました。 そして、タイ政府はこれら重要な文化財を保存し歴史や文化の教育目的のために博物館の建設計画が立ち上がりました。 こうしてタイ美術局は政府の資金と一般から寄付金を財源に1960年から1963年に博物館の建設が行われました。 そして1964年7月にラーマ9世とシリキット王妃により博物館の開館式が執り行われました。 その開館に伴いスコータイ王国の繁栄を築き、今なおタイの英雄とされているラームカムヘン王の名が博物館に冠されました。 1983年にはタイ文字700周年を記念して「タイ文字記念館」の建設が行われ、同年11月に当時のワチラロン

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1月30日読了時間: 3分


クイッティアオ スコータイを食す!!!:ジャントン
スコータイに来たなら名物のクイッティアオ スコータイが食べたいと思い、歴史公園近くにある美味しいと評判のお店「 ジャントン」で食事をしました。 地図 営業時間:朝6時から午後3時30分まで (時間変更があります) 店内の様子 タイを感じさせてくれるローカルな雰囲気の店内です。 メニュー こちらには蒸し鶏のご飯のせ「カーオマンガイ」があり、 ガパオライスやタイ風チャーハンのカーオパットがあり こちらは野菜炒めや豚肉の炒め物があり スキーやパッタイなどの炒めた麺類があり お粥の他に米麺のクイッティアオなどの麺類もあり トムヤムクンなどがあります。 クイッティアオスコータイを食す!!! クイッティアオ スコータイには挽肉や細切りのインゲン、砕いた落花生などが具材として使われ魚醬と唐辛子が入ったピリ辛スープです。 とはいえ、タイ人のピリ辛は日本人には辛すぎることもあり、旅行中とのことで辛さ控えめにしてもらいました が、、、 辛さが足りないので自分でテーブルの上にある唐辛子を加えました。 値段は60バーツ ちなみに妻は普通のクイッティアオスコータイを頼みま

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1月28日読了時間: 1分


スコータイ歴史公園その2:ワット マハタートと古代寺院跡
ユネスコ世界遺産に登録された「 スコータイ歴史公園」にある多くの古代寺院跡の独特な形をした仏塔や仏像がスコータイ王国の繁栄と共に仏教文化が発展したことを物語っています。 地図 開園時間:朝6時30分から夜7時30分 入場料:タイ人20バーツ 外国人200バーツ ワット トラパン グン 「ワット トラパン グン」とは銀の池の寺を意味します。 先端が花の蕾のような仏塔はスコータイ様式と呼ばれ、ワット トラパン グンが建てられた14世紀にはスコータイで独特の仏教文化が確立されたことを窺い知ることができます。 このワット トラパン グンは朝日と夕日の方角に向けて建てられています。 ワット シーサワーイ トウモロコシ型をしたクメール様式の仏塔のワットシーサワーイは12世紀から13世紀ころ、この地を治めていたクメール人が建てたお寺です。 クメール人はヒンドゥー教のお寺としてワットシーサワーイを建てましたが、15世紀にタイ人が仏教寺院に改修しました。 1909年に発掘調査が行われた際にはヒンドゥー教のシバの神の像など貴重な文化財が発見されました。 そびえ立つ仏

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1月24日読了時間: 2分


スコータイ歴史公園その1:古代寺院跡と市の柱
13世紀から14世紀に栄えたスコータイ王国の都の中心部が現在 「スコータイ歴史公園」となっており、タイ人だけでなく世界中からの観光客が年間に数十万人が訪れています。 1976年、タイ政府は歴史的価値のある古代寺院を保存するための修復が始まり、1988年7月に歴史公園として開園され、1991年にユネスコ世界遺産に登録されました。 地図 開園時間:朝6時30分から夕方7時30分まで 入場料:タイ人20バーツ 外国人200バーツ 公園内の移動 約26の古代寺院跡がある広い公園の移動手段として、入場料とは別途に自転車での入園の場合は10バーツ (自転車のレンタルは公園近くでお店にて別途料金で借ります) 電動バスは入場料とは別途に50バーツ 電動カートのレンタルは入場料とは別途に運転手つきで1時間400バーツになります。 少し高いと思いましたが、多くの団体観光客がいるので利便性を考えて電動カートにしました。 歴史公園の様子 ラームカムヘーン大王像 こちらにはスコータイ王国を発展させた3代目ラームカムヘーン王の像が祀られ ラームカムヘーン王がクメール文字を基

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1月22日読了時間: 2分


金の池のお寺に響く民謡:ワット トラパン トーン
スコータイ歴史公園の手前に 四方を池に囲まれた人工島の上に佇む「 金の池の寺」を意味するお寺「 ワット トラパン トーン」があります。 そして、 ワット トラパン トーンにある こちらの橋では早朝、地元に人やスコータイを訪れたタイ人旅行者による僧侶への托鉢が行われています。 地図 ワット トラパン トーンの歴史 ワット トラパン トーンは1283年、スコータイ王国時代に建てられました。 ワット トラパン トーンが建てられた頃、スコータイ王国では3代ラームカムヘーン王(在位1279年ー1299年)による仏教保護政策により仏教文化が発展した時代でした。 その後、 ワット トラパン トーンは スコータイ王国6代リタイ王(在位1347年ー1368年)の治世にも 修復工事が行われました。 このリタイ王は自身も出家を行うなど仏教を深く信仰し、手厚い仏教保護政策を行ったことから、その治世にスコータイ王国では民衆の間にも仏教が広まった時代でした。 境内に響く民謡 この日は高校生の修学旅行グループが来ており、 先生に紹介された男性が独特な節をつけた民謡を謡い始めま

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1月20日読了時間: 1分


スコータイ王国の守護神:プーパーダム祠
観光地で有名なスコータイ歴史公園の手前にスコータイ王国の軍人を守護神として祀るパーダムじいさんの祠を意味する「 プーパーダム祠」があります。 地図 スコータイ王国の守護神 カンボジアのクメール帝国の弱体化に伴い1220年、初代シーインタラーティット王によりスコータイ王国が成立。 1238年、2代目バーンムアン王によりスコータイ王国はラヴォ王国から完全独立を果たしました。 しかし、弱体化したとはいえインドシナ半島に影響力のあるクメール帝国の実力は侮りがたく、その軍事的脅威にスコータイ王国はさらされていました。 そのような軍事的脅威がある状況でスコータイ王国の城門を守る重要な任務に軍人パーダムとその部隊が現在、祠のある場所に駐屯をしていました。 そして大任を任されたパーダムはシーインタラーティット王、バーンムアン王、ラームカムヘーン王の3代に忠実に仕え城門を守り続けました。 そのようなパーダムの陰の支えもあり、スコータイ王国はラームカムヘーン王の治世に大きな繁栄を遂げました。 そのような理由で、今でも地元の人達はスコータイ王国の守護神としてパーダムを

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1月18日読了時間: 2分


スコータイ王国の消滅と王家の子孫
繁栄を築いたラームカムヘーン王の治世ですが、後を継いだ4代ルータイ王(在位1323年ー1341年)はタイ北部モン族への討伐に失敗しました。 その結果、権威が落ちたスコータイ王国はラオスなど各地の領主の離反が相次いだことで衰退してしまいました。 ワット トラパン トーンラーン リタイ王の治世 そのように衰退したスコータイ王国では1347年に起きた王位継承で武力闘争により勝利したリタイがスコータイ6代王(在位1347年ー1368年)に即位します。 カムペーンペット/ワット ボロム タートのリタイ像 王位継承権争いに武力を用いたリタイですが、その治世は上座部仏教の本家スリランカから高僧を呼ぶなど手厚い仏教保護政策を行い、多くのお寺を建設しました。 またリタイ自身も出家をするなど深く仏教に帰依し、この伝統は現在のタイ王室でも続いています。 ワット マハタート こうした布教活動により民心を安定させたリタイのもとにかつて離反した各地の領主が戻ってきたことでスコータイ王国は以前の繁栄を取り戻しました。 また仏教保護政策を行ったことでスコータイ王国には再び仏教文

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1月14日読了時間: 3分


スコータイ王国の繁栄とラームカムヘーン王
スコータイ歴史公園に祀られているスコータイ王国3代ラームカムヘーン王(在位1279年ー1299年)の治世に大いなる繁栄を遂げたことで、現在でもタイ人に尊敬され続けています。 ラームカムヘーン大王像/スコータイ歴史公園 地図 タイ仏教思想が確立する 1240年にタイ族の国として独立したスコータイ王国ですが、まだまだ小国ゆえにカンボジアのクメール帝国から絶え間ない脅威にさらされ続けていました。 ホーテーワーライ マハーカサットピマーン そのような状況で1260年頃にタークの領有権をめぐる戦いでスコータイ王国2代バーンムアンの弟が出陣しました。 出陣した弟は戦象を巧みに操り、クメール帝国の貴族を打ち取りとったことで勝利を決定づけたことから「勇敢なるラーマ」を意味するラームカムヘーンと呼ばれました。 そのような武勇に優れたラームカムヘーンですが、1279年にスコータイ王国第3代に即位するとタイ仏教である上座部仏教้の保護政策を行いました。 ワット サッ シー これによりスコータイ王国は武力ではなく仏教を用いた外交や文化、政治手法でその領土を広げたことで大

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1月12日読了時間: 4分


スコータイ王国の成立:シーイントラーティット王
スコータイにはタイ族により1240年頃に成立したスコータイ王国初代「 シーイントラーティット王記念碑」の像が祀られています。 地図 スコータイ王国の成立 元々タイ族は中国の雲南省に住んでいましたが、11世紀頃に南下を始めインドシナ半島の各地に定住するようになりました。 そのころ11世紀インドシナ半島ではカンボジアのクメール帝国が最盛期を迎えており、アンコールワットに代表される巨大な建築物と広大な領土を支配していました。 アンコールワット/カンボジア そのようなインドシナ半島に南下したタイ族のグループの一つがスコータイに定住し、やがてクメール帝国の支配下で小領主として頭角を現すタイ族が現れました。 ホーテーワーライ マハーカサットピマーン そのインドシナ半島の大半を支配していたクメール帝国ですが、1220年にジャヤーヴァルマン7世が死去するとその影響力にも陰りが見え始めました。 ワットチェトゥポン このクメール帝国の影響力の低下によりスコータイではタイ族による国を持つ機運が高まりました。 このとき現在のピサヌロークの小領主ポークン・バーンクラーンハ

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1月10日読了時間: 2分


農家のおばちゃんとカムペーンペット のグランド キャニオン
Googlemapを見ていたら「 カムペーンペット グランド キャニオン 」とあったので行ってみました。 地図 この カムペーンペット のグランド キャニオンは元々、砂利採掘場の排水を貯めた池のために様々な鉱物が混ざったことで水が独特の色合いをしています。 ちなみに様々な鉱物が混ざっていることから酸性の水のために泳ぐことは危険です!!! と、、、 私と妻が池の手前にいた農家のおばちゃんに道を尋ねたとき 農家のおばちゃん:「池ならこっちにもあるよ~」 と言っていたので、先ほどの場所に戻り 私と妻:「すみません、池を見せてくれますか?」 と、お願いしたところ、、、 農家のおばちゃん: 「あいよ~ついて来な!!!」 と気さくに池まで案内してくれました。 そして案内された緑かかった池を私と妻で眺めていると 農家のおばちゃん: 「今は少し曇っているから水があまりきれいに見えないけど、天気のいい日の朝はもっときれいな緑色に見えるよ!!!」 とはいえ、 ここは私有地のため勝手に入ることができないので、こんな美しい光景を見せてくれた農家のおばちゃんには感謝感激の

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1月8日読了時間: 1分


カムペーンペット歴史公園と幽霊犬の伝説
13世紀から15世紀、スコータイ王国はカムペーンペットに要塞を築き、また多くの寺院が建てられ、後のアユタヤ王国時代にもビルマ軍に対する防衛拠点の役割を担っていました。 しかし、1767年にビルマ軍の侵攻により寺院や城壁は破壊され、朽ちた果てた多くの廃院が「 カムペーンペット歴史公園」 として後世にその歴史を伝えています。 その「 カムペーンペット歴史公園」は 1991年12月にユネスコ世界遺産に登録された二カ所に分かれた 歴史公園の城壁外には約20以上の古代寺院跡が残されています。 地図 開園時間:朝8時30分から夕方4時30分まで 入場料:タイ人20バーツ 外国人120バーツ 車での入場の場合は50バーツかかります。 歴史公園内の様子 歴史公園内は広く、いくつもの古代寺院が残されている中から4カ所を紹介します。 ワットシン 「ワットシン」は13世紀から15世紀のスコータイ王国時代に建てられたとされています。 こちらの本堂らしき建物には このような仏像が祀られており アユタヤ王国時代の1509年に修復が行われた記録があります。 ワット プラ シー

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1月6日読了時間: 3分


エメラルド仏が祀られた伝説:カムペーンペットのワットプラケオ
ユネスコ世界遺産に登録されている「カムペーンペット歴史公園」は城壁内と城壁外の2ヶ所があります。 その城壁内にある古代寺院「ワットプラケオ」にはその昔、タイ仏教で重要な仏像「エメラルド仏」が祀られていた伝説があります。 地図 拝観時間:8時30分から夕方4時30分まで 入場料:タイ人20バーツ、外国人200バーツ カムペーンペット歴史公園の城壁内 歴史公園の入り口にはタイの習慣で新しく都市ができた際にその繁栄を願う市の柱が祀られており 14世紀スコータイ王国時代に建てられた古代寺院の特徴的な象の台座の仏塔があります。 また、スコータイ王国6代リタイ王(在位1347年ー1368年)により建てられたとされる ワット プラタートの仏塔がそびえ立っており かつてエメラルド仏が祀られたとされるお寺「ワットプラケオ」にあるきれいな顔をした涅槃仏が優し気に微笑んでいます。 カムペーンペットにエメラルド仏が祀られる エメラルド仏は紀元前500年頃にインドでつくられ、インド国内での戦乱を避けるためにスリランカに運ばれました。 その後、仏教を深く信仰していたビルマの

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1月4日読了時間: 3分


華やかな山岳民族衣装のある博物館:ルアンタイ博物館
カムペーンペット国立博物館の見学も終わり、車に戻ろうとするとタイハウスとよばれる伝統的な高床式建築で建てられた「ルアンタイ博物館」がありましたので行ってみました。 地図 拝観時間:朝8時30分から夕方5時まで 休館日:土曜日、日曜日 入場料:無料 様々な山岳民族がある博物館 この ルアンタイ博物館はラーマ9世戴冠50周年を記念して1996年に開館しました。 タイにはフモン族、カレン族、アカ族、リス族、ヤオ族などが様々な山岳民族が住んでいます。 それら山岳民族は主にイサーン地方とよばれるタイ東北部や、かつてチェンマイを都として栄えたラーンナー王国があったタイ北部に住んでいます。 妻もタイ北部パヤオの出身のこともあり、以前にパヤオ市内でそれぞれの山岳民族を着た華やかなパレードを見たことがあります。 このような模型で昔の生活の様子を知ることができます。 こちらが一般的に知られているタイの民族衣装です。 一般的にタイ人の言われる約75%が11世紀ごろに中国の雲南省からインドシナ半島に南下をしたタイ族です。 そのように南下し定住したタイ族ですが、元々タイに

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2025年12月30日読了時間: 2分
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